石榴舎ブログ 『俳句は自伝』 |                      by Toyokazu Suzuki

今月の一句 <十一月>(1)


繭つくる晩秋蚕のごとく病む   田中 裕明


 第五句集『夜の客人』(平17・1、ふらんす堂)所収。句集巻末ちかくの一句。「晩秋蚕」は秋蚕のこと。この前年の12月30日、肺炎のため死去。享年45。
 角川書店主催の俳壇歌壇新年名刺交換会で会ったときには、抗癌剤による脱毛のため、薄茶いろの毛編み帽をかぶっていた。誰かれに笑顔で挨拶をする姿が印象にのこっている。

 裕明に初めて会ったのは、京都での「青」の会のときだった。新人らしい初いういしさと、老成した作家魂を感じた。早熟と老成とは、本格俳人に必須のものだ。
 没後の2007年7月7日、『田中裕明全句集』がふらんす堂から刊行された。
「さあ、長い長い厄年はこれで終わりにして、気持ちを入れかえて、俳句と人生に取り組みたいと思います。」と句集あとがきに記したが、その年の暮れに死去。
「新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重け吉事 大伴家持」と印刷された年賀状を受けとったのは、翌年正月のことだった。

 死者は、遺された人のなかに永遠に生きつづける。
 妻森賀まりの近作12句のなかに、
     月の友夫の話をしてくれし (「俳句」2015年11月号)
がある。

 裕明の晩年の句は、ことごとく祈りの句となっている。
 最後に、愛誦句を引く。

     爽やかに俳句の神に愛されて
     さびしいぞ八十八夜の踏切は
     空へゆく階段のなし稲の花
     目のなかに芒原あり森賀まり
     病みしゆゑ波郷なつかし龍の玉
     山茶花の長病ゆるせ見舞妻
     ねそべりて手紙を開く子規忌かな
     原子爐に制御棒あり日短
     一身に心がひとつ烏瓜
     糸瓜棚この世のことのよく見ゆる

 「目のなかに」の句には、妻への永別の覚悟と悲しみとが読みとれる。
 
              
夭折の面影永遠に花八つ手    赤榴子   




田中裕明主宰「ゆう」創刊号(2000年1月)

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Category : 十一月
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