石榴舎ブログ 『俳句は自伝』 |                      by Toyokazu Suzuki

津軽の風土と人間愛-成田千空-

 成田千空は人懐かしい俳人である。
 千空を初めて五所川原市のお宅へ訪ねたのは、昭和61年10月17日のことだった。山々は早くも秋雪の薄化粧をしていた。
 千空にはそれ以前にも電話や手紙で連絡をし、醇朴実直そうな人柄に親しみをおぼえていた。原稿の依頼を断られたことはなかった。『中村草田男読本』(昭55・「俳句」増刊)に書いてもらった「永遠の青春性」は、生涯の師中村草田男の本質にふれたもので、文学的素養の確かさが感じられ、津軽に千空ありの印象を強くした。
 五所川原では、千空の文学仲間である詩人・葛西仙三氏の運転で、晩秋の北津軽を隈なく見てまわり、荒波寄せる七里長浜の海を背に写真を撮った。かつて海上交通の要衝として繁栄を極めた十三湊は、その昔、津波によって壊滅し、黒々とした遺跡の姿を横たえている。柳田国男によれば、山椒大夫の人買い船の話も、「要するに十三の湊の風待ちの徒然に、遊女などの歌の曲から聞き覚えたものに相違ない」という。八月の旧盆に行われる砂山踊りは、砂原にしみとおる哀調を帯びて、十三湊の盛時をしのばせるとのことだった。
 津軽の冬の訪れは早く、その夜は秋時雨に霰のまじる天候のなか、熱い酒と人柄のにじむ千空の津軽訛りに酔いながら、筋金入りの文学者魂の熱弁に聞き入った。

      北津軽移住
    大粒の雨降る青田母の故郷(くに)      千空
      小竜飛岬行
    蜻蛉生る左右前方潮の筋
      七里長浜
    柞(ははそ)原来て荒海や真つ向うに
      十三潟白鳥
    白鳥の白の濃淡逆波に
      香西照雄を竜飛岬に迎ふ
    秋濤打つ岬や友の怒り肩
      津軽西海岸
    岩千畳鶺鴒よぎり塵もなし
      金木太宰碑
    黄落のいま恍惚と太宰の碑
      南津軽平川にて
    白鳥の何冀(ねが)ふ羽荒々し
      十三潟早春
    戸波立ち岸波ひらく春のこゑ
      五能線
    岩群の生きて波挙ぐ五月かな
      市浦
    身にしむや米ならばよき十三(とさ)の砂

 第一句集『地霊』(昭51)と第二句集『人日』(昭63)より津軽の句を引いた。「竜飛岬行」の句は、太宰治『津軽』とほぼ同じコースを単独吟行した群作中の一句。俳句を始めたころに読んだ『津軽』は吟行の手本となり、以後の千空文学の一指標となった。

 師草田男を津軽に迎えたのは昭和26年8月。草田男50歳、千空30歳。理想的な師弟の年齢差というべきである。

    妻を語る秋栗色の大きな眼     千空

 千空による愛妻家草田男像。草田男がこのとき千空を詠んだ句は、『銀河依然』に収められており、津軽での美しい師弟交歓となっている。
 同年9月、石塚市子と結婚。千空の愛妻俳句は生涯にわたって詠まれ、枚挙にいとまがない。

    妻の眉目春の竈は火を得たり    千空
    大雪の夜は森のごと熟睡(うまい)妻
    妻老いて母の如しやとろろ汁
    わが酒をすこし妻のみ十二月
    方寸の貝雛老いし妻の雛

 ベルファーレン、高村光太郎、草田男とつづく愛妻詩の系譜に連なるという自負が千空にはあった。「俳句研究」(昭61・12)の口絵に、お宅で撮った仲睦まじい二人の写真が載っている。
 千空俳句は、ふるさと津軽の風土と人間愛を基調としつつ、酒を飲むときは酒をあるじとし、悲嘆孤愁のときはかなしみをあるじとして、骨太の抒情的世界を生みだしている。

    白鳥の花の身またの日はありや   千空
    会ふや又別れて遠し麦の秋
    早苗饗のあいやあいやと津軽唄
    ししうどや金剛不壊の嶺のかず
    鬱蒼と東北は雨草田男忌
    津軽いま六根清浄花りんご
    瓜に味噌我はもとより津軽衆 
    鴇(とき)いろの寒の夜明けよありがたう
    黄落の地や無一物無尽蔵
    癌告知負ひゆく雪と氷かな
    寒夕焼に焼き亡ぼさん癌の身は

「黄落」の句は、最後の句集『八方吟』(平19・3)の掉尾を飾る。
 病院のベッドで市子夫人が口述筆記したという「寒夕焼」の句を「俳句」で目にしたとき、私は身振いするような感動をおぼえた。「この一筋につながる」妄執の凄みというほかはない。
 平成19年11月17日、永眠。86歳。三回忌目前に刊行したエッセイ集『俳句は歓びの文学』(平21・10)の装丁に、私は津軽の海と空を背景にした千空の写真を使った。遥かを見つめるその視線には、憧憬と不退転の決意とが秘められている。
 千空の愛した「かえりみて、なつかしいと思うことはすべて恩だ」ということばをかみしめ、清爽な面影を偲ぶばかりである。
 

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     成田千空エッセイ集『俳句は歓びの文学』(角川学芸出版)
      われとわが千の空から花吹雪  千空


Category : 成田千空
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