石榴舎ブログ 『俳句は自伝』 |                      by Toyokazu Suzuki

今月の一句 <九月>


秋爽の聖アッシジの街に鋭声(とごえ)   金子 兜太


 アッシジはイタリア中部の都市。高い丘の斜面に聖フランチェスコ大聖堂が建つ。しずかな、信仰の町だ。そこに「鋭声」を聴いたのが、いかにも兜太らしい。アッシジという地名と、「秋爽」という季語が響きあって句の背景を広げ、効果的だ。

 アッシジを訪れたのは何年か前の冬で、枯木立が影絵のようだった。その後の大地震でジョットの鐘楼や聖堂のフレスコ画が被害をうけたが、すぐに修復された。

 景勝地を訪ねて、その土地の句のないことはさびしいことだ。アッシジという地名入りの句をのこしたことは、さすがに句作体験豊富な兜太である。句には、一気呵成の力が感じられる。


アッシジの雨のなかなる枯木立  赤榴子




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今月の一句 <九月>

甘からむ露を分かてよ草の虫   石川 桂郎


 遺句集『四温』(昭51・5、角川書店)所収。食道癌で入院中の聖路加国際病院での作。

 <清拭のすむ間を待てよ含羞草><虫のこゑいまなに欲しと言はるれば><酒壷に十日の菊ぞ挿したまへ><寝返りて病者に巨き子規忌かな><虫の秋眠れぬ夜はねずにあり>。

 病室での桂郎は、内心はともあれ、冷静に、平常心を失わず、仰臥に耐えていた。
 桂郎の弟子で聖路加の若い医師細谷喨々は、末期までの一部始終を「桂郎先生闘病の記」(「たかんな」11号、昭51・2)に記録した。
 「解剖が終り先生の御遺体を裏口から送り出す頃には時雨がふり出し、解剖台の上での先生の血の色が網膜に残っていて雨の一粒一粒が、暗い空から降ってくるのにもかかわらず緑っぽくキラキラ輝いて見えた」。

 昭和50年11月6日、永眠。享年66。

 没後、前記『四温』と、エッセイ集『残照』(昭51・10、角川書店)の出版を私は担当した。


石川桂郎を憶ふああああああああああああ
晩年の美髭に威あり秋の風    赤榴子

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今月の一句 <葉月>

 老愁は濃し秋懐は淡くして   相生垣瓜人


 老愁という言葉は、『広辞苑』にも『日本国語大辞典』にも、ない。
超高齢化時代といわれる今日、老愁を痛感する人は多いにちがいない。
 秋懐を秋思の傍題とした作例も、瓜人をもって嚆矢とする。



    けものらも老愁あらん秋の風     赤榴子



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